日本とつながる中華曲
日本の歌謡曲がカバーされた楽曲、日本でヒットした中華曲、 日本とゆかりのある歌手たち。二つの音楽文化の美しい架け橋を紹介します。
日本の曲のカバー・翻唱
日本の歌謡曲やJ-POPが中華圏でカバーされた楽曲。原曲との聴き比べも楽しめます。
童年時
トン・ニン・シー
1983年リリース。根田成一の楽曲の広東語カバー。幼い頃の思い出を懐かしむノスタルジックな楽曲で、張國榮の初期キャリアにおける爽やかなポップスの一つ。
風繼續吹
フォン・ジー・シュー・チュイ
張國榮の出世作。山口百恵「さよならの向こう側」の広東語カバーで、1983年のリリース当時、譚詠麟の全盛期の中で張國榮が一躍スターダムにのし上がるきっかけとなった。哀愁漂うメロディと繊細な歌声が完璧にマッチし、香港ポップスの金字塔。
H2O
エイチ・トゥー・オー
1984年リリース。沢田研二の「TOKIO」の広東語カバー。都会的でスタイリッシュなアレンジが特徴で、沢田研二の代表曲を張國榮が独自のセンスでカバー。80年代の日港音楽交流の象徴的な一曲。
monica
1984年リリース。吉川晃司「モニカ」の広東語カバーで、張國榮をスターダムに押し上げた出世作の一つ。アップテンポなダンスナンバーで、当時の張國榮の若々しい魅力が爆発した80年代を代表するポップスヒット。
不羁的風
バッ・ケイ・ディック・フン
1984年リリース。大沢誉志幸が作曲し、吉川晃司が歌った「La Vie en Rose」の広東語カバー。自由奔放な風のように生きる男の姿を歌った張國榮の初期の代表曲。同年の「Monica」と並んで張國榮をトップスターに押し上げた。80年代香港ポップスの青春の輝きを象徴する一曲。
愛慕
オイ・モウ
1984年リリース。西城秀樹の楽曲の広東語カバー。憧れと慕情を歌ったロマンチックなナンバーで、日本のトップアイドル・西城秀樹の楽曲を張國榮がスタイリッシュにカバーした。
愛火
オイ・フォー
1984年リリース。上田正樹の楽曲の広東語カバー。燃え上がる愛の炎をテーマにした情熱的なナンバーで、張國榮の若さあふれるボーカルが印象的。80年代香港と日本の音楽交流を示す一曲。
烈火邊緣
1984年リリース。西城秀樹「Rain Of Dream」の広東語カバー。「烈火の縁」というタイトルで、西城秀樹の情熱的な楽曲を張國榮がダイナミックに歌い上げた。
戀愛交叉
リュン・オイ・ガーウ・チャー
1985年リリース。郷ひろみの「How many いい顔」の広東語カバー。恋愛の交差点で揺れる心を歌ったポップチューンで、郷ひろみのキャッチーな楽曲を張國榮がアイドル全盛期にカバーした。
無形鎖扣
モウ・イン・ソー・カウ
1985年リリース。因幡晃の「涙あふれて」の広東語カバー。目に見えない鎖で繋がれた恋心を歌った楽曲で、因幡晃の繊細なバラードを張國榮が深みのある歌声でカバーした。
誰令你心痴
シュイ・リン・ネイ・サム・チー
1985年リリース。小林明子の「恋におちて -Fall in love-」の広東語カバー。「誰があなたを夢中にさせたのか」と問いかけるラブソングで、ドラマ主題歌として大ヒットした小林明子の原曲を張國榮が男性目線で再解釈した。
迷惑我
1985年リリース。小林明子「恋におちて -Fall in love-」の広東語カバー。「私を惑わす」というタイトルで、80年代日本の大ヒット曲を張國榮が魅惑的に歌い上げた。
有誰共鳴
ヤウ・シュイ・ゴン・ミン
1986年リリース。谷村新司の「儚きは」の広東語カバー。「誰が共鳴してくれるのか」という孤独と共感を歌った張國榮の名曲。谷村新司の楽曲は香港で多くカバーされたが、本曲はその中でも屈指の完成度を誇る。
拒絕再玩
コイ・ジュッ・ジョイ・ワーン
1987年リリース。玉置浩二(安全地帶)「じれったい」の広東語カバー。恋の駆け引きにもう付き合わないという強い意志を歌った楽曲。張國榮の繊細でありながら芯の強い歌唱が、原曲のもどかしさを違った角度で表現している。